2005/09/14 WED.
遠く背振山が見える・・・すごい雲量です!
むしむしと残暑が厳しいこの頃、もう蝉の声も聞こえず・・・夕方にカナカナ蝉が鳴きます。
何事にも終焉がある・・・と、だからこそ、日々を大事に生きて行かねば・・・と、
虫の音を聞きながら思う。
時の流れに自分なりの泳ぎでゆっくり悠々と・・・とは思っても、一般庶民としては結局流されて
行くのでしょうがね。
先日の総選挙で土井たか子が落選とのこと。
もう何度も書きましたが、土井さんはママの大学の時の憲法(教養)の先生でした。当時、同志社の
教授だった土井さんが、講師として来られていたんです。その後、衆議院選に立候補されたので、
ママの初選挙の投票用紙に記入した名前は「土井たか子」でした。
あれから36年、土井さんは議員を続けて来られていたんですねぇー!
今回、初めて落選されたとのこと、この36年間、ママにとっても変化の多かった時代でしたが、
そんな中でも遠くから密やかに応援し見守って来たのでした。
忘れもしません、初投票したあの日のウブなママのことを!(笑)
20歳でせっかく選挙権出来たのに、発揮するにも選挙がなくて・・・
2年後「初めての国政選挙に参加するチャンスがやっと来た!」という日。(笑)
当時は戦後25年も経っているのにまだ「米穀通帳」というのがあり、遊学中でも学生寮に住民票を
移さねば、寮生のお米が買えないという状況でしたので、ママの選挙区は兵庫2区。
土井先生(ホントに先生と生徒でしたから・・・)が立候補されなかったら、遊学中のママには
まったくなじみの無い選挙区だったのです。(笑)
でも、その日は六甲に教会学校の夏のキャンプの下見に出かける予定になっていました。ただ、兵庫は福岡のように
選挙会場の指定がなくて、区内ならどこの会場でも良いとのこと。なので、礼拝後、六甲にみんなで分乗した車で
下見に行き、帰りにそのまま下山途中の小学校で投票しました。何と言う小学校だったか覚えてないのが残念!
夕方近くになり、みんな焦ってたので、ほんとに通りがかった会場だったのです。(笑)
で・・・見事、土井さんは当選されて、ママの初めての一票は生きました。
戦後生まれの団塊の世代として民主主義の権利と義務を徹底して教えられたママたち、
あの学生運動の世代としても、自分の1票を大切にしたいと思ってましたが、
最初の選挙がとても身近だったことで、しかも当選者に投票したというので、ママの国民としての
ささやかな義務を果たす喜びが身に付いたのですよ。アハハ
いつものように・・・
海チャンも空君も連れて
家族全員、揃って投票へ! ⇒
不在者投票制度などもありますが、中選挙区制度だったとはいえ、区内のどこでも投票出来るのは
便利ですよねぇー。福岡は、校区の小学校でしか投票出来ないので、不便な面もあります。
まっ、こどもたちが大きくなってから引っ越して来たので、校区という概念も薄いママ。
唯一、選挙で訪れるだけのこの小学校は、かっての人気グループの出身校だというので、ファンの間では
有名らしいですが・・・。
何はともあれ、家族みんなで投票に行く事で、海チャンや空君への「国民の義務」と「議会制民主主義」の
参加方法を無言で伝えることになると思っています。そして、これこそ土井先生が教壇から語られた
憲法の根底であると・・・テレビで36年前の若々しい土井たか子を見ながら思ったことでした。
一方、若い頃は政治に何の関心も無く、自分でも「ノンポリだ!」と、あの学生運動の嵐が吹き荒れる
東京で、のんびりと大学時代を過ごしたパパですが、
今は政治討論のテレビに向かってヤジ飛ばすように変化。(笑)
ママやユウジは、新聞や雑誌、ネットで色々と
情報を集めて、極端に偏らないようにと用心するタイプなので、パパのヤジを聞いて苦笑する場面も
ありますが、親戚からは「あのノブちゃんが・・・大人になったねぇ・・・」と驚かれる程の変身ぶり
らしいのです。しかし、来年は還暦なので当たり前ですがねぇ・・・アハハ
時代の変化も、その刻々の生活の営みがあってこそ・・・日本の行方もまずは国民一人一人の
「権利」が大切にされ、国民は一人一人が自分の「国民の義務」を誠実に果たすことだと思います。
こんな良識を持つ賢い国民として、たとえ一般庶民の端くれとしての存在であっても、風に吹かれる
木の葉にならず、大地に根を張って自分なりの生き方をしたいので、これからも
選んだ議員たちの働きをしっかり見ていようと思ったことでした。
親子でおふざけ中(笑)
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