2007/02/13 TUE.
(左)モデル見習い中なので、泣いたりもする・・・(笑)
(右)ユウジの指示を的確に捉え実行する姉上です。
例年より暖かいなぁ・・・と油断していたら、急に冷えて来て少しは2月らしい寒の締まった
日が続いていました。でも、今日はまた春の陽気です。
今年は久留米では雪が積もらないのでしょうかねぇ・・・
ここ2週間ばかり気ぜわしい日々が続きました。なんといってトピックスがあった訳ではないんですが、
1日、1日の経つのが速くて、気付けばもう13日です。(笑)これから先に残された人生の時間が
残り少なくなってきたママなのに・・・もっと、心して生きねばと反省。
パパはまだまだ現役感に満ち満ちてますから、
ママのような事を考えちゃいませんけどね。アハハ
この3連休も我が家は仕事でした。(笑)
カタログ撮影で、海チャンや空君、だぁちゃんをモデルとしての数カットが必要ということになり、
海チャンの学校がお休みの日でないと撮影出来ないから連休初日の土曜日に。
家族総出で撮影にと出かけました。今回はクライアントさん側が商品の移動や設置を全面的に
して下さったので、いつもより早く終了しました。
空君が張り切り過ぎて、おでこをゴチンして泣いたりする場面もありましたが、撮影慣れしてる
海チャンはユウジの指示通りにするから、とても
スムーズに出来ました。それでいて海チャンが自然体に撮れてるから、クライアントさんが感心して
ありましたよ。寒かったのに頑張った2人にご褒美をトイザラスで買ってあげたバァーバです。(笑)
改築した実家で寛ぐ弟 ⇒
壁はすべて漆喰塗り
床はカリンのムク材
換気扇、トップライト、
給湯設備を一新し
使い勝手が数段アップした
ダイニングキッチン
そうそう、先月の20日頃に姪のaiちゃんがママの実家に引っ越しました。そして、先月末には
ちーちゃんが久留米に引っ越して来てご近所さんになりました。(笑)
去年の台風で、実家の屋根が被害。屋根を修理するなら、この際に雨漏りなどで傷んだ家も
改築しようということになりました。母が亡くなって以来17年間も空き家だったから傷んで
いたんです。空き家と言っても父や母、祖父母の生活していたままに家具も電化製品も置いてあり、
何時行っても、即生活できる状態でしたから弟は福岡に来る度に泊まったりはしていました。
それでも何年か前の福岡西方沖地震の際に、ご近所では被害が出たとの事で、それ以来は
実家で泊まるのは敬遠してたんです。
それで、再就職先を博多にした姪のaiちゃんも、わざわざマンションを借りてねぇ・・・。
屋根の修理と改築するなら、aiちゃんが住んでくれるということになり、それならば
aiちゃんが好きなように改築しなさい!ということになりました。
とっても忙しい仕事のaiちゃんなのに、出来上がるまで感心するくらいに匠との交渉から
点検まで一手に引き受けて、設計段階からaiちゃんのこだわりを盛り込んでねぇ・・・
伯母としては何の手伝いもせずに、完成を楽しみに待つのみでした。(笑)
日曜日は、母の17回忌の法要をいたしました。
大阪から弟一家が来て、里の菩提寺にて執り行いました。
偲ぶ会は、aiちゃんがホテルオークラの中華を予約してくれていましたので、みんなで楽しく
過ごせました。とっても美味しかったですよ!
その後、改築完成した実家に寄りました。
← 思い出の柱も残してありました!
この柱に、孫たちの背丈を日付と共に、
亡き父が成長記録として刻んでたんです。
さっそく、弟が海チャンと空君の背丈を!
弟とユウジとaiちゃん
みんな大きくなってしまって・・・(笑)
父や母が生きていたら、どんなに喜んだ事か!
裏の隠居所のガラス戸は、洗い直してそのまま活用 ⇒
祖父母が暮らしていた隠居所も、壁を漆喰にし
畳をカリンのムク材のフローリングに!
祖父が建てた時のままに袋戸棚も残してありました。
撮影時は弟が寝た布団が敷きっぱなしに・・・(笑)
祖父は大工の棟梁でしたので、母屋と隠居所は結構しっかり建ててあったそうです。(笑)
その昔、博多は間口に対して税金が掛けられていたので、古くからの博多の家はどこも
間口に対して奥が深い敷地なんです。実家もその敷地に二階家が三軒建っています。
幼い頃は真ん中の家はなくて、母屋には通り庭があり、井戸端のある中庭と隠居所の前に奥庭がありました。
ママが大学を卒業した頃に、庭をつぶして真ん中にも二階家を建てたんですが、すでに祖父は亡くなっていたので
他所に頼みました。雨漏りしてたのは、実は一番新しい真ん中の家でしてねぇ・・・
祖父が棟梁として建てた母屋と裏の隠居所はしっかりしていていました。
aiちゃんは、そんな思い出を大切にしてくれ、色々と自分の趣味にもこだわった上で、随所に昔のものを残して改築してくれてました。
ママにとっては、決して楽しい思い出や良い思い出ばかりではない実家のあれこれ・・・
たとえば・・・幼い頃、弟と喧嘩して、はらかいて(すごく怒っての博多弁)勢いよく閉めていたら戸が外れて、
すごく祖母に叱られた思い出の隠居所のガラス戸(上の写真)とか、・・・
でも、ユウジやaiちゃんたち孫世代には祖父母との楽しい思い出ばかりのようです。特にaiちゃんが
是非とも残したかったのは、真ん中の家の階段の柱。(ちなみに実家は階段が3つあり、二階はそれぞれ独立していて
間に屋根があるのでお互いに行き来出来ず不便です。笑)
亡き父が孫たちの背丈を刻んだキズが残っているのです。弟一家は○菱商事の海外勤務だったので、
盆暮れの年2回の帰省を楽しみに待っていた父母。そして、その時は必ず、aiちゃんやジン君、我が家の
ユウジやクニコを、この柱の前に立たせて、日付と名前を刻んだ父。
ユウジも「あの柱だけはもらって帰りたい!」などと言ってたんですが、aiちゃんも同じ気持ちだったようで、
幼い頃、祖父母に愛されどんなに楽しかったかを知りました。(笑)
いつも父母を囲んで我が家と弟一家が集っていたリビングも、すでに孫たちは身体も大きくなってる今日、
狭いことはこのうえも無い!しかも、ユウジやクニコには良き伴侶もいて、曾孫にあたる
海チャンと空君も居るしねぇ・・・
父母が生きていたら、どこに集まって食事していたことでしょう!(爆)
母が亡くなってもう17年、生きていたらaiちゃんの博多暮らしをどんなに喜んだことか・・・
でも、こうして戻って来てくれて(母に言わせたら)しかも、この家に住んでくれるなんて、
きっと天国で喜んでいると思いますよ。(笑)
一昨日、実家に10何年ぶりかに電話したら「はい、○○○○でございます!」ってaiちゃんの声がしたんですよ。
誰も住んでないから電話に記憶させてる00番をワンタッチ登録から外そうかなぁ・・・と思いつつも、電話は繋がっているんだし、
消すに忍びなくてそのままにしてたこの17年間でした。
だから・・・そのワンタッチを押したら「はい、○○○○でございます!」
と応えてくれた時の感激!(嬉し涙)
実家に帰って熱いお茶やコーヒーを出して迎えてくれる人がいる喜びは、若い方々やお母様がお里に
健在の方々にはお分かりいただけないことかもね。
aiちゃん、これからもヨロシク♪
本堂にて母の17回忌と偲ぶ会での弟一家
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